| 一般事情 |
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| 1.面積 |
約1万4000平方キロ(長野県程度)
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| 2.人口 |
79万人
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| 3.首都 |
ディリ
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| 4.人種 |
テトゥン族等大半がメラネシア系種族で、その他マレー系、中華系等
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| 5.言語 |
国語は、テトゥン語及びポルトガル語。実用語に、インドネシア語及び英語。その他互いに異なる種族語が使用されている
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| 6.宗教 |
キリスト教99.1%(大半がカトリック)、イスラム教0.79%
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| 7.略史 |
16世紀前半 |
ポルトガル、東ティモールに白檀を求めて来航、ティモール島を征服。 |
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| 17世紀半ば |
オランダ、西ティモールを占領。 |
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| 1701年 |
ポルトガル、ティモール全島を領有。 |
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| 1859年 |
リスボン条約で、ポルトガルとオランダの間でそれぞれ東西ティモールを分割。 |
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| 1942年 |
日本軍、ティモール全島を占領 |
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| 1945年 |
インドネシア共和国独立(8月17日)。西ティモールはインドネシアとして独立。 |
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| 1974年 |
ポルトガル本国でクーデター発生、植民地政策を転換。東ティモールでは、独立をにらんで政党が結成される。 |
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| 1975年 |
独立派(フレテリン等)、東ティモール民主共和国の独立宣言。インドネシア国軍及び併合派と独立派の間の抗争が激化。ラモス・ホルタ、マリ・アルカティリらは、フレテリンの海外支部を活動拠点とする。 |
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| 1976年 |
インドネシア政府、東ティモールを第27番目の州として併合。フレテリンの軍事部門であるファリンティルがゲリラ活動を展開。 |
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| 1981年 |
ファリンティル司令官にシャナナ・グスマンが就任。独立各派の統合組織である民族抵抗革命評議会(CRRN)が発足、シャナナ・グスマンが議長に任命される。(その後、1992年にマウベレ抵抗民族評議会(CNRM)に転身、1998年にティモール抵抗民族評議会(CNRT)となり、2000年に解散。) |
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| 1991年 |
11月、サンタクルス事件 |
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| 1992年 |
11月、シャナナ・グスマン司令官逮捕。(99年9月に釈放) |
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| 1998年 |
5月、スハルト・インドネシア大統領が退陣、ハビビ副大統領が大統領に就任。 |
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| 1999年 |
6月、国連東ティモール・ミッション(UNAMET)設立の国連安保理決議を採択。 8月30日、直接投票実施 9月4日の結果発表直後から、右結果に反対する勢力の破壊・暴力行為が急増し現地情勢は急激に悪化。 9月15日、国連安保理が多国籍軍(INTERFET)の設立を認める決議
を採択。 10月20日、インドネシア国民協議会は東ティモールの分離を認める決定を採択。 10月25日、国連安保理は国連東ティモール暫定行政機構(UNTAET)の設立を決定する決議を採択。 |
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| 2000年 |
7月、東ティモール暫定政府(ETTA)発足 10月、国民評議会(National
Council)発足 |
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| 2001年 |
8月30日 憲法制定議会選挙実施 9月20日 東ティモール行政府(ETPA)発足 |
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| 2002年 |
3月22日 憲法公布 4月14日 大統領選挙実施、シャナナ・グスマン氏が当選 5月20日 東ティモール民主共和国独立 9月27日 国連加盟 |
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